若草色の装束に綺麗な髪が揺れる
ふわりふわりと歩くたびに揺れ 自然と目が追う
あれは誰だったかな?
綺麗な髪の子は覚えているんだ
ああ。思い出したあの後姿は三年生の・・・・
一目魅し恋
「きり丸君」
冬の日差しがまだ暖かい日中に光筋が入る廊下で一人。
数冊の図書冊子を抱えて歩く少年、
きり丸はあまり聞き慣れない声に足を止めて振り返った。
呼び捨てにする人が殆んどだが、違うとなれば後輩・・・・
けれど声の高さからして自分よりは年上。
しかし聞いたこと無いとすればたぶん上級生の先輩か外の人。
そう検討をつけて、自分を呼んだ相手を確認した。
「六年生の斎藤タカ丸先輩」
自分を呼んだ相手を見て驚かされる。
何故か、それは全くと言ってよい程に会話をした覚えがないからだ。
他の六年生、特に滝夜叉丸とは嫌と言う程に会話をする。
滝夜叉丸の場合は殆んど向こうからだし、自慢を聞くだけなので会話にはなっていない。
しかし、話し相手となれば、やはり一番多いのは滝夜叉丸であろう。
それに現六年生に図書委員は居ないから、六年生とは他にまったく接点はない。
タカ丸とも一年の時に数回会話をしたきり、学年を追う事に会話はなかったはずだ。
きり丸は一年の頃を思い出そうとした
けれどやはり記憶のなかにはタカ丸の存在は・・・・殆ど無い
「何ですか?」
図書委員には六年生が居ない。
そのせいか五年が委員長として働いている。なれないせいもあるのか引継ぎ後の今はとても忙しく
図書室も大慌てで作業をしている。
今はそれが忙しく出る放課後、必然的にその一つ下のきり丸や怪士丸に殆んど
図書委員会の雑務があれやこれやと回ってきている。
それでなくともきり丸はアルバイトに忙しい
時間がいくらあっても足りない状況で呼び止められた事に自分勝手に苛々とした
「あのさ」
タカ丸はいつもの飄々とした笑顔で近付いて来る
忙しいのに何なんだこの人はっと眉を持ち上げ睨んだ
今の自分は明らかに敵意に近いものを向けている
見て分からないのか鈍いのか、まったく笑顔も気配も変わらない
今すぐ踵を返して無視して去りたかった
けれど相手は先輩、そんな事出来るわけがない
仕方が無い。此処は学園であって先輩後輩の縦社会が当たり前になっている。
きり丸は苛々ついでに何か言ってやろうかと考えた。
次の言葉を聞くまでは…
「髪、触っていいかな」
「・・・は?」
呆気にとられて固まった。
そういえば斎藤タカ丸は元髪結い師だったと思い出す。
しかもカリスマだかなんだか・・・
今はこれまでの卒業生にも劣らない程の優秀な成績ではあるが、
それこそ学園に入ったばかりの頃は一年生以下の忍者のたまごだった。
髪結いの血が騒ぐのが庭師にでもなった方が良いのではっという位、鋏を使っていた。
そんな記憶がよみがえる。土井先生が髪について零していたのも記憶に新しい
その彼が髪の話を持ちかけるのは自然なのだが相手が違う気がしてならなかった
「俺の・・・ですか」
呆気に取られたまま自分を指差す
先輩の目が輝いている所を見ると本気だとは思う
けれどやはり違う気がして仕方ない。
それはいつも土井の元に来るタカ丸を見ているからかもしれないが…
兎にも角にもタカ丸がきり丸に声をかけたのは
三年となったきり丸の今までの学園生活一度もない。
それが何故今になってっと不振に思って眉を寄せた
「そうだよ。良いかな?」
「え…あぁ・・・はい」
別に断る理由はない。
忙しいのには変わりないし、急ぎたい気持ちはある
けど先程までの苛々は等に消え去っているし何と無く理由も聞きたい。
どうせだし話をしてみたい、髪ぐらい触るのはタダな訳だから
それに何とか理由をつけて委員会手伝って貰う事も出来るかなっと
狡賢い考えを浮かべて頷いた。
了承を得たタカ丸は懐から、梳かし櫛を取り出して嬉しそうにきり丸の背後へと回った。
結われている髪がさらさらとタカ丸の指から流れ落ちる
きり丸は何が何だか分からず緊張してその場で固まる
こんな事されたのはいつ振りだろうか・・・・・
ぴんっと背筋が張っていつも以上に姿勢が正された
「綺麗な髪だね」
先輩がやけに嬉しそうだときり丸は思った。
一年の頃より伸びたきり丸の黒髪を櫛で何度か梳く…
何度も触れては確かめるように優しく握る
キリ丸はそれが少し擽ったくて身じろいた
「俺はね。綺麗な髪が好きなんだ」
きり丸の結い紐が取れて髪は落ちる、ついでにとタカ丸は頭布も外した。
先輩に逆らっても意味が無いっと思ったきり丸は、なされるがままに一歩も動かなかった
「綺麗」
うっとりした声がすぐ後に聞こえる
それが耳孔に入り恥ずかしくて耳まで赤くなって俯く
いきなり盛大に動き始めた心臓に居心地が悪くなる
普通のほめ言葉なのに胸が苦しくなってしまう。
こんな事なら断れば良かったと抱えている冊子を握り締めた
さらりさらりと髪は零れ落ちる
くいっと引っ張られて何事かと思って振り向いたら
タカ丸がゆっくりと髪束に口付けていた
再び盛大に心臓が鳴り響き顔が真っ赤になる
何をしているんだと慌ててその場から飛びのいた
「あぁ・・・・残念だな」
「せっ先輩」
動揺は口先から漏れる
バサバサと廊下に落ちて広がる図書冊子
真っ赤な顔できり丸は慌てて拾い出した
心臓は鳴り止まない
顔を上げれずにきり丸は急いで落ちた紙を拾い集めた
「ねぇきり丸君」
ふわりと人の気配
ピタリと動きを止めて固まってしまう
忍者がこんなことで動揺しては駄目なのに、一度動揺したそれは
一向に落ち着きを取り戻してはくれない
どうしようっと思案する前に再び髪を持ち上げられる
条件反射で顔を上げるとタカ丸は髪に鼻と唇を寄せて微笑んでいる
折角拾い上げたものはまたも床へ白い模様を描いてしまった
「これは香油?」
にっこりと笑うタカ丸
きり丸は顔を火照らせてその場に座り込んでしまう
何故分かったんだろうとぐるぐると頭を巡った
きり丸の艶やかな黒髪は香り良い
普段ならば気づかないそれ
春の日差しにふわりと優しい良い匂いがした
「そうです・・・あの臭いですよね
この間バイトの女将さんに貰って、これをつけると髪質良くなるって聞いて」
言い訳の様に口から出てくる言葉の数々
悪いことをしているわけでも、校則違反だと言われている訳でもないのに
恥ずかしいやら何やらでとまる事のない言葉
脈打つ鼓動も聞こえているんじゃないかという位に主張する
どうしようも無くてきり丸は顔を抑えた
「髪・・・綺麗な方が売れるかなって・・・変っすよね。女の人がつけるものだし」
しどろもどろで自分でも何を言ってるのか分からない
顔を隠して相手の表情さえ見えない
春の日差しが逆に暑くなってきてしまう始末
火照る顔を隠したままに、何やってんだよ俺はっときり丸は涙ぐんでしまった
「良い香り」
ぽつりと聞こえてきた声
反応して肩が上がってしまう
溢れ出しそうな涙を堪えるのに必死で褒め言葉なのかどうかも
いまいち分からなくなってしまっていた
「良い匂いだよ。俺は好き」
強引に表情を遮る壁を取られる
光を得て移ったものは優しい微笑だった
両手で掴まれた自分の手首
先輩の忍者とは思えないほど綺麗な手の平が少しだけ心地よい
知らずに力を入れていた肩は自然と降りて
恥ずかしくて溜まっていた涙はそろりそろりと頬を伝う
俺ってかっこ悪い・・・っと心でごちて眉を寄せる
目の前で微笑んでいたタカ丸は泣かれるとは思っていなかったのか次第に慌てだした
これではまるで印象も最悪だし嫌な先輩だ
そんなつもりじゃないと思いながらきり丸の涙を袖口で拭う
それでも泣き止んでくれない後輩にタカ丸は顔を近づけた
「んんっ・・・」
ふわりと優しい口付け
目を開けたままのきり丸は端正な顔立ちが目の前にあり驚いて固まってしまう
同時に涙はそれ以上流れることは無かった
「・・・・とまった。よかったぁー・・・」
大きく息を吐い安堵するタカ丸
訳も分からず唖然とその場で動けなくなっているきり丸
タカ丸は目じりに残った雫を拭い取ると自分より遙かに小さいその身体をゆっくりと抱きしめた
また泣かれるとは思っていない行動
無性に可愛くて愛しくてその衝動に駆られ閉じ込めた。
肩にある息遣い
再び香る優しい匂い
ぽんぽんっと背中を叩くと神経を過敏にさせているきり丸は微動した
「ごめんね。泣かせるつもりは無かった」
ゆっくりと謝罪の言葉
小さくて細くて可愛い後輩を驚かせてしまったお詫び
「俺もごめんなさい・・・・急に泣き出して」
ぎゅっと掴まれる感覚がする
きり丸はタカ丸の装束を握り締めて肩に顔を埋めた
それがタカ丸には可愛くてかわいくて顔が緩んでしまう
「本当に良い香だよ。きり丸君にとてもよく似合う」
「あ、ありがとうございます」
握る手に力が篭る
徐々に皺になるがまったく気にしない
逆に嬉しくてタカ丸は艶やかな髪に頬を寄せた
「でも、少し勿体無いかな」
「え?」
「売るためっと言うことは切るんだろう。俺にはもったいなく思える」
他の人の手に渡ってしまうなんて…それは勿体無くて、
なんだかとても許せなくて、手放すことが凄く惜しいと素直にそう思った
今まで色々見てきたが此処まで心は惹かれた事は無い
所詮人の子だからなのか、綺麗な髪と出会ってもその人自身の全てを綺麗だとは思えなかった
なにもかも全てを愛せるとそう感じないのだ
理想があるっと言えばあるが、結局自分が直感でこれだと思わなければ意味が無い
髪も心も何もかも自分好みでなくては惹かれない
その相手がまさかこんな近くに居るとは思わず
知らず知らずのうちに顔が緩んでしまう
嬉しい。そして愛しい
目の前の彼が綺麗で率直に惹かれる
香に惑わされている訳ではない。
こんなに純粋で愛しい彼に良く似合っている香油
あぁなんて愛しい存在
まだ自分自身の勝手な気持ちで独りよがり
けれど傍に居て欲しいっとそう願う
他の奴に触らせるならばいっそ自分のものにしたいと強く想う
「また、俺に触らせてはもらえないだろうか」
「先輩・・・」
「この先もずっと・・・・俺の手で」
ふわりと香り靡く後ろ髪
そんなきり丸の後ろ姿を見つけたタカ丸は、
その場で立ち竦んでただ見つめ続けていた。
一瞬にして恋をした瞬間
見惚れる
好きになるのはとても簡単だった
-----あとがき-----
初書きタカ×きりでした・・・・
す、すみません似非です。
かなり設定勝手に作りました(苦笑)
きりちゃんは切らずに、お風呂で抜けた髪を拾うんですよね。
あ。書き逃げして終わります!!!!
ありがとうございました!!!