春の風物詩は桜
満開の桜は春風に攫われて花びらが散っていく。
ふわりと舞う小さな桃色が散りゆく儚さ一瞬一瞬に目が離せない
それは何かに似ているとふと思った
手に余る小さな花びらを手に思いふけそれを静に堪能し脳裏に焼き付ける
恋唄桜歌
日はまだ高く上っている午後の一刻
忍術学園の授業日程は等に終了し待ちに待った春休みを迎えていた。
春休みに入り早々に帰宅していく学園生は皆、顔が綻んでいて明るい雰囲気を漂わせている。
その中で生徒とは逆の道を辿る松葉色の忍び服、その姿が異色で妙に目に付いた
本年の六年生だと主張する色の忍び服は周りには目もくれず己の道を進んでいる。
他の生徒たちよりも背の高い男の名は中在家長次。六年ろ組で優秀生の一人だ。
中在家は我先にと帰る生徒たちを全く見ずに足早に目的地へと急いでいた
そこまで急がなくても春休みだと思えばいいのだが、中在家には中在家なりの急ぐ理由があった。
一言も発せず、ただ黙々と足を進める
何も考えていないわけではない。無言で少しの焦りを感じている。
本人はまったくの無表情で感情が出ていないが急いでいる背景には”早く帰宅”があるのであろう。
子供独特の高い声が遠くから聞こえ余計に気持ちを焦らせ
五月蝿い位の鳥達の声がより焦りを倍増させていた。
もう生徒という事柄からは開放されていて、いつでも帰って良い
残って行う実技もなく春休みは予定という予定は無い。
帰りたいのは例え六年生であろうが先生であろうが同じだ
中在家も例外になくそれは同じだった。
しかし真面目なのが時として仇となる、それが中在家が急いでいる根本的な理由である。
いったいそれは何か。
それは「自分の最も大切としている場所の最終確認がしたかったから。」である
何度も言うようだが今は春休みになった当日。本当ならば急ぐ必要性は全く無い。
また、同期の立花達に帰省を共にと誘われては居たがその性格故か仕方なく全て断りを入れてしまっている
本当ならば断らなくても良かったのにだ。
しかしこれもまた断りをいれなくてはいけなかった。
流石六年生とも言えるほどに夏休み中の課題がいくつも出されている。中在家自身に予定は無くともそれ程暇ではない。
したがって長期の休みに何度も図書室を訪れる事は出来ないのだ。
図書室は大切な貴重書も大量にある。この暑さで遣られてしまったならば泣き寝入りするしかない。
それが不本意であってもだ
昨日の時点で春休みの図書の貸し出しは終了し片付けも終え丁寧に確認もした
誰も借りに来ることはないだろうし火気などにも十分気をつけて昨夜は図書室を出たが念のためである
早春といっても桜が咲く位に暖かい日もあれば、大きな水甕をひっくり返したような豪雨の日もある
季節が変わりやすい時期に最低限の事をしておかないと、湿気を時には含んでしまったりと書物が劣化してしまう。
念には念を・・っと言うわけで総責任者の委員長として、
そして図書室を大事にする一生徒として目的地へと足を運んだ
それに、真面目なのは中在家だけでは無いはずだと本人は分かっていた
帰省を共にっと誘ってきた友人達もそれはきっと同じであって
口にはしないでも全員が自分達の持ち場を心配し最後に確認をしているだろう
先ほどは断りを入れはしたが結局の所学園を出るのは一緒だと安易に想像できた
それは確証であり、自信を持って言える事だった
ならば、他の4人よりも遅くなるのは中在家自身許せない
待つという事はないだろうが、出来るならば時間は合わせたい
もう五年もの間一緒なのだ。
今年も幸先の良い始まりがしたい
中在家自身は他の忍びよりはプライド面で言うと少ないのかもしれないが
それはそれで、これはこれだ。
やはり早々に終わらせて共に学園は出たい
他の四人の行動を脳内で計算しつつ中在家は見た目こそ普通だが
内心焦りを感じ目的地へと足を急いだ
見慣れた廊下の通り
その道のりを無意識で歩く
荷物を纏めた下級生達に頭を下げられながら早々に目的地へは到着した
胸元から鍵を取り出しふと気付く、鍵が開けられている事に。
脳裏に後輩や先生、または事務の人間の顔が走馬灯の様に浮かび上がる
誰でもいいが、何かしらやらかしていないと良い
そう思いながら密かに眉を顰めて戸を開けた
「何をしている・・・」
開けた瞬間に初春の風がふわりと中在家の髪を攫う
香ってくるのは独特の淡く甘い香り
一瞬惑わされそうになりもしたが、意識は直ぐに引き戻されていた
「あ!せ、先輩・・・」
慌てて文机から頭を上げたのは一年は組のきり丸だった。
心底焦った様子で視線が定まっていない
何かを隠している様子で、わたわたと片付け始めた
それには中在家が納得いかない
これから春休みで一番に喜んで仕事をしに帰りそうな後輩が居て何かを隠している様子。
その行動と様子に少しの探究心と好奇心。
そして半分以上をしめている責任感が彼を行動に移させた
「・・・き、気にしないでください・・ってうわ!!」
後ろに隠していた用紙を半ば奪い取るようにして取り上げる
そこには書き殴ったような文字が所狭しと書き綴られていた
よく見るときり丸の後ろにも大量の用紙
中在家は眉を寄せて取り上げた物に目を凝らした
「・・・・・三禁?」
そこには先生の字だろう綺麗に【忍者の三禁】と書かれていた
確か、これは忍者として初歩的な事で自分も一年生の時に習ったことがある
それ自体は覚えているが、どんな風な授業だったかは売る覚えで
何となく懐かしさを伺えた気がした
しかし、懐かしいなどと浸っている余裕はない。用事は早めに済ませたい
しかし、このまま一年生をそのままにはしておけない
迷う葛藤の中で、とりあえずきり丸の話を聞くかっという結論に至った
「これは?」
「・・・・それは・・・」
口ごもらせながらバツが悪そうな顔をするきり丸
本人、言い淀むのは何となく言うのが恥ずかしいからで
それに加えて自分がさっきまで必死に書いていた用紙を見ている先輩の無表情に
小さな眉の動きが伺えてきり丸は恐怖もあった。
こんなことならば自室で遣るべきだったと今更ながらに後悔もする
「・・・・筆記なんです」
しかし言わなければ何も進まない。
意を消して口を開くと、予想以上に言葉数は少なく出てしまい
これでは目の前の尊敬する先輩には何も伝わっていないんじゃないかと
言ってから更に後悔をした
「そうか」
やはり伝わっていないっときり丸は肩を落とす
言葉数少なかったのも勝手に図書室に入り込んだのも自分の非なので
中在家が用紙を文机に置いたと同時にきり丸はもう一度口を開いた
「宿題なんです・・・山田先生に出されて・・・」
小声で殆ど聞こえないきり丸の声を静かに仲在家は聴いていた
蚊の無く様な呟く声で実技担当の山田に宿題を出されたっと詳細を語る小さな相手
中在家はふとそこで疑問を持った
山田が宿題を出すのは当たり前だからそれは良いとして
疑問点はそれをきり丸が休みの始まった当日にやっているっという事だ
彼の性格を考えると、宿題を忘れるのも遣ってこないのも決まりきった事で
真面目に文机に向かって宿題をしているのは変な光景であった
疑問というのは回答が出ないと、どんどん膨らんでいくもので
先程まで早々帰宅っという文字が思考の大部分を占めていたのに
それ自体が隅に追い遣られて中在家の頭の中で小さくなっていった
「仕事はどうした?」
うつむき気味のきり丸の頭上に声をかけると
直ぐに顔が上がり驚いた様な何とも表現しがたい表情が向けられた
中在家は一つも表情を動かさずにただ、後輩の顔を見ていた
「それが・・・」
きり丸が言うにはその宿題をしてこれば暫くはアルバイトは前面禁止
そして忍術学園に居残りをさせるっと脅されたらしい
脅されるっという言葉は少々大げさだと中在家は思ったが口にはしない
小さく相槌を打つと小さな後輩は溜息をついて
紙だらけの文机に腕を伸ばした
その腕を見ると所々に黒の模様があって余程悩んだのだろうと中在家は思う
普段まったく勉強をしていない彼だが成績は凄く悪いっという訳では無かったっと中在家は記憶している
だからそれくらいなら・・・っと少なからず思っていた
しかし、ここで彼の勘違いは成績は悪いっと言うこと
問題児っという事もあるがきり丸は教科に関してはまったく駄目だった
それは他の生徒に比べてだが、やはりは組生の一人っという通名は伊達ではない
けれど中在家はそこまで成績は悪くないだろうと思っているから此処まで悩んでいるのを不思議に思ってしまう
「何に悩む?」
不思議は自然と口を付いて出ていた
きり丸は直ぐに姿勢を正して中在家をまっすぐと見る
心なしか先程よりは緊張が解けていて表情が緩んでいた
「・・・・・・これっす」
すいっと小さくて綺麗な指でさされたのは上段から三つ目の事柄だった
そこに書いてある一行を見て中在家は眉を潜めていた
「色が判らないほど子供じゃないっすけど、その・・・あ、愛情は入りませんか?」
「え・・・?」
驚いたのはきり丸が欲を指さなかったからではない。愛情っという言葉が出たからだ。
欲を一番に考えそうな後輩が色を疑問に置く。中在家は一瞬思考が止まった気がした
「愛情・・・か」
「そうっす」
また俯いたきり丸に仲在家は困惑する
まさか愛情を聞かれると思わずどう答えていいのかわからない
これが同じ学年の立花辺りなら、さらりと答えられるのだろうが
生憎と中在家には、教科書通りの答えしか持ち得ていない
まだ忍者を志して間もない後輩に模範解答で答えて良いのか少なからず迷いがあった
それは、色恋沙汰では無く愛情っという言葉だったからかもしれない。
親元を離れ暮らし、寂しいというのがこの年齢なら普通だ
言うならば「寂しい」は捨てろっというのが、この三禁の色にあたる。
それは何だか残酷な気がして仕方なかった
子供であれ情けは捨てなければならないが、中在家は捨てきることは出来なかった
しかし言わなければならない
忍者の道を歩む者に此処で先輩として言わなければ、相手も自分もこの先進むことが出来ないからだ
「愛情を持ってして葛藤に打ち勝てるならば理想だ・・・・しかしそれは人間として出来るだろうか」
最後は自分自身でも感じている疑問に近かった
その気持ちを持って人は強くなれるっという人も中にはいるが
それが時として枷になり得る時もあるのだ
ある程度経験をつんだ一流忍者にだってそういった物があると隙が出来る
そこに入られたら自分の命さえも危険になるのだ
だから忍者にはこういった硬い禁止が多い
相手を守るため自分を守るために
「俺には・・・いないから」
その後、何も会話は無く取り合えず先に図書室の点検をしようと中在家は背をむけた
紙の音のみ支配するその場で 中在家の背中の方から聞こえた小さな呟き
紙の擦れる音と共に少しだけ漏れる声が聞こえ中在家は振り返った
「俺には、家族ってのがいないですから」
笑っては居るがそれは泣きそうな表情に近くとても辛く悲しいものに見えた
中在家はその一言と表情で目を見開いて立ち尽くしてしまった
「そう・・・か」
「だから俺、土井先生のうち追い出されたら行くところないんですよね」
おどけた様に言う台詞は悲痛な言葉でどこか泣きそうだった
黙々と文机を片付ける彼の横顔がちらりと見え、その苦笑に近い笑顔は痛々しかった
きり丸は土井の家を追い出されるのは嫌で宿題をしていたとわかる
まだ10歳の少年に行くところが無いのは辛すぎる
同様にアルバイト無しでは彼にとって生きてゆく術が無くなると言う事だ。
山田の小さな脅しでもきり丸にとっては遊ぶより帰るよりも大事な事で
必死に宿題をしていたんだと中在家にはわかった
嗚呼。しまったっと頭が痛くなる
知らなかったとは言え、追い出すような真似をした。
その寂しげな横顔が胸をついて自然と表情は固まった
周りの同級生達は親元に幸せそうに帰っていっただろう
まだ甘えたいという気持ちがあるに違いないからだ
しかし、きり丸はそういった存在はない。
帰る場所は土井の家だ
甘える相手であろう土井も居なくアルバイトをしたくとも宿題が首を絞める
帰る場所が無いっといった彼の言葉が妙に残り痛々しく感じた
「ごめんなさい・・・・先輩。自分の部屋に帰りますよ」
トントンっと脇を揃えて束ねるきり丸が中在家の横を通り抜ける
ふわりと優しい香がし、気づいた時にはきり丸の細い腕を引いていた。
グッっと引っ張られて後ろのめりになるきり丸
一瞬何が起こったのか判らずに驚くまま振り返った
振り返ったときに意外と近くにあった中在家の忍び服に更に驚き
腕を持たれたまま飛び上がるように一歩引いてしまった。
ちょっとだけ不恰好な二人の体制
可笑しい光景だが周りには人も居なく、そして図書室の外からも声は聞こえない
もう大分時間は過ぎていて立花達と帰るのは諦めたほうが良さそうだと中在家は考えた
状況も状況だし、何より自分自身の中で目の前で寂しげに笑っていた後輩が気になるのだ
中在家は無表情だが感情が無いわけではない
相手にとっては大きなお世話かもしれないが、中在家は自分の気持ちをそのまま行動に移していた
「あの・・・先輩?」
「・・・・教える」
「え?」
言葉数が少ないのは何時ものこと、そしてやはり伝わらないのもいつものこと。
中在家はそう一言言い放つときり丸の腕を持ったまま半ば無理やり手を引いて先程の文机の前に腰を下ろした
引き連れられたきり丸はもう何が何だかわからない。
そのまま抵抗する事も無く引き連れられるままに先程まで座っていた同じ場所まできてしまう。
腕を掴まれた時は怒られるのかと思ったのに次に聞いた一言はまったく違く、困惑してしまった
教える・・・・それはいい方に考えていいのだろうか。
疑問ばかりが浮かんでは消えてっと忙しくきり丸の頭を揺るがせた。
そして問題の一言を言い放ったまま座ってしまった尊敬する先輩
腕はいまだ放されていないので、とても難しい体勢になってしまう
安易に座れっと言われているのだろうが、困惑しているきり丸には考え付かない
その変な体制のままきり丸は驚いた表情をそのままに考え込んでしまった。
そこで痺れを切らしたのは中在家だ。立ったままのきり丸は一向に座る気配を見せない
それは中在家本人の言葉数の少なさに問題はあるのだが、
天然なのかそれとも実際に分かっていないのか眉を潜めている。
仕方なしに手加減しながら下に腕を引くと、きり丸はやっとこの状況の可笑しさに気付き慌てて腰を下ろした。
それでも腕は放されていない。不思議になって中在家を見ると
中在家はじっとただ考え込むようにきり丸の持っていた用紙を見ていた
「・・・・先輩?」
居心地の悪い空間、きり丸は耐え切れずに声をかけた
「あぁ・・・すまない」
流石にそれには仲在家も気付き腕を離す
仄かに桃色になった腕をきり丸は摩ると首をちょこんと倒した
「・・・・俺が教える・・・・から、暫し此処で待て」
犬に言うかの様な台詞は中在家が言葉数少ないからで
コミュニケーションがあまり上手くないからだろう
殆ど毎日の様に会っている先輩だからある程度きり丸は慣れていて小さく頷いた
それを見ると中在家はすっと立ち上がって振り返らずに背中を向けて歩きだした
了承したのはいいが、きり丸は事の成り行き自体をまだ理解出来ず、
ただ相手を見上げて 立ち去る後姿を見送るだけだった。
その後姿は図書室の内部の方に入っていく
また首を傾げて、一体何なんだろうっと小さくため息をついた。
一人暫しの沈黙
耐え切れなくなって持っていた用紙を再度文机にパサリと置いた
そして何を見るわけでもなく開いたままの図書室の戸に視線を向けた
いつも何だかんだで騒がしい図書室前は天日干しをしている冊子も無く
外で話し込んでいたり駆け回っている生徒も居ない
皆、帰省してしまっていて、きっと残っている生徒は自分と先輩だけなのではないかと
少し寂しく妙な気持ちにもなった
しかし、外の光景は寂しい気持ちもあるが、それとは別にとても良いものがあった
それは外に見える桜の木だ。
いつも何かしらで遮られていたり、全てが見えなくなっているその景色。
絶景っといっても良いのではないかという位に美しいもので情緒があった
太陽はまだ真上にあり、その太陽光が光の筋になって降り注いでいて
桜に止まるヒヨドリやメジロが可愛い声を鳴り響かせて蜜を吸い花柄を食べようと
一生懸命に嘴でつついている
その吸い込まれるような美しい情景に、こんな風に見えるんだっと嘆息洩らしてしまう
ひらりひらりと舞い落ちる花びらは情緒的で目が簡単に奪われる。
舞い落ちる花弁は春風に乗って図書室の入り口にまで入り込んでいた
きり丸は誘われるように立ち上がると図書室の戸口まで来て手を伸ばす
ふわりと舞い落ちてきた一つの花弁はとても可愛くて、
小さなそれはきり丸の白い手で一休みするように落ち着いた
「淡き色たつ花弁に柔らかな日差し。花を啄ばむ小鳥に甘い香…
春風に乗せてひらりひらりと舞い降りる・・・」
「随分と暖かい言葉だな」
ふわりと感じた暖かな気配
驚いて振り返ると一冊の書物を片手に中在家が立っていた
聞かれていたっと恥ずかしくなる。それが普通の歌ならば良いだろう
しかし、きり丸の発した言葉は貴族が嗜むような歌ではない
先日、アルバイトの折にお世話になった主人に教えてもらった女性の好む書物の詩だ・・・
しまったっときり丸は頬が熱くなった
「・・・い、いまのはっ」
「誰も居ない光景は見事だ」
弁解しようと慌てた声を遮って口を開いたのは中在家で
きり丸は中途半端なまま、中在家を見上げた
しかし何もわかっていない中在家は、空いている手を持ち上げるときり丸の頭の上にそっと伸ばした
びくりと緊張してしまうきり丸
それを分かっていながら中在家は何も言わずに静かに綺麗に結ってあるきり丸の黒髪に手を伸ばした
「え?」
一瞬で頭上近くにあった体温は消える
目を見張ってきり丸は中在家を見るといつもの無表情で中在家は自分の手を見ていた
そこには小さな桃色の花弁。直ぐにとってくれたのだときり丸は理解し
背筋を伸ばして中在家を見上げると小さくお礼を言った
中在家は小さく頷くと、きり丸の頭上に一冊の書物を軽く置いて少し目を細めてきり丸に取れと促す
それにきり丸は慌て急いで書物を取ると、ぱらぱらと捲りだした
「・・・・あ!」
そこには悩んでいた宿題の内容が事細かに書いてあった
要するに仲在家はこれを見て参考にしろっと言いたいのだろう
きり丸は表情が綻んでパッと顔を輝かせた
そして勢いよくお礼を言うと、もの凄いスピードで文机に座り筆を持った
中在家はそんな様子に表情を崩す
考えてなくとも後輩には優しい自分がいるのは本人気づいていないことだった。
それから数刻は確実に経っている
等に立花たちは岐路に付いているであろう
その位に時は経っていた
未だ黙々と書き続けている一番下の後輩
時々質問がなされ教えるのが下手な中在家は内心必死に言葉を捜した
この時に自分の口下手を恨んだ中在家だった。
そしてそれが繰り返され、もう真上にあった太陽は徐々にずれつつあった
帰りたいという気持ちは何処へ行ったのか
今、中在家はきり丸と一緒にいるという事実だけを思い行動していた
愛情が必要かと質問をしてくる後輩
無性に愛しくなってそして切なくなった
傍に居たいっというこちら側の勝手な気持ちが実際に行動に移っていたのだった。
「できた!」
「そうか・・・・・」
勢いよく筆を置くとカランっと硯が音を立てた
中在家は手持ち無沙汰に磨いていた愛用の縄標を置き
文机いっぱいに散らばり墨が乾きつつある用紙を手に取った
上から下まで徐々に流して読む
少し緊張した面持ちのきり丸の視線が片一方の頬にひしひしと伝わった
「・・・・・・いいだろう」
「ほんとっすか!?」
「ああ。良く書けている」
照れくさそうに喜ぶ後輩に仲在家は頬を緩める
先程まで悩んでいたのは嘘だったかの様に全て綺麗に埋められている用紙
書かれている事柄も申し分は無い
これならば、山田に提出する宿題として大丈夫だろう
中在家は用紙をパサリと文机に置くときり丸の頭を数回撫でた
「へへっ・・・・・」
へらりと笑う彼の笑顔が愛しくて猫を愛でる様に目を細めた
そこは二人だけの、ただ静かな空間
いつも何かしら賑やかさがあるその場には珍しい位静かで新鮮味があった
「いつもこうだといいんだが…」
無意識に呟いた言葉
仲在家はぐるりと見慣れた室内を見渡してからもう一度きり丸に視線を向けた。
そこには頬を染めた相手の姿
ただじっと何かに囚われたかの様に動きが無かった
「先輩…ちゃんと笑えるんですね」
話しだしたきり丸はおかしそうに笑みも浮かんでいる
まだ頬は紅潮しているらしく目線が仲在家から少しずれていた
「本当にありがとうございました!」
勢い良く頭を下げるきり丸
高く結わえてある髪がさらりと降りた。
仲在家はその様子を黙って見ると
きり丸の長い髪を掬い上げてさらさらと下に流した
綺麗な黒の髪は手に馴染み中在家には心地よく感じた
「・・・・・かまわない」
流れる様子を楽しんでいるのか中在家は一本一本に空気を入れるかの様に優しく扱っていた
その様がとても絵になる
きり丸は心臓が飛び出るくらいに緊張し鼓動は無意識に早くなっていた。
これ以上見ていたら自分はおかしくなるのではないかと思い頬を真っ赤にさせながら努めて見ないようにした。
そんな努力も数秒もすると直ぐに終わり最後の一房が降りる頃に中在家は視線を上げて
その手でふんわりときり丸の頬を撫ぜた
「・・・・・・・傍に、居よう」
どうしても、先程のきり丸の表情が離れなくて手を伸ばした
固まっているきり丸を自分の腕の中に収めて
ゆっくりと背中を叩く
まるで幼子をあやす様にゆっくりと優しく
次第に肩の力が降りて震えを感じた
きり丸は泣いていた
中在家は震えるきり丸をただ強く抱きしめた
傍に居る。
彼の隣を時には親のように、兄弟のようにそして恋人のように・・・
中在家はまだ小さい身体を精一杯抱きしめた
まだ好きという感情は無いのかもしれない
けれども守りたいと強く思った
自分の未熟な手で小さな彼を守りたいと願った
傍に居ることで守れるならばいつまでも彼の傍に居ることを中在家は誓った
舞い落ちる二枚の桜が二人の背中を通り過ぎ硯に入る
一休みするようにゆらゆらと波紋をつけて・・・・・・
--あとがき--
いつも以上に意味不明で長いのを書きました!
今回は長きりでございます!
書いてて途中で何が何だかわからなくなり大変な文章になってしまいました・・・
そしてたぶんあれ?っと思った方いるかもしれないんですが、
前回と少し内容が似ています。
また、本当はこれ構成の段階では「仙蔵」さんがお相手でした。
でも、仙蔵と長次を比較して
こういった場合仙蔵では違うんじゃないかと考えまして、最終的に長次がお相手になりました。
どちらかというとお兄ちゃん的な感じだったのですが、どうでしたでしょうか?
一応補足として・・・
読まれて分かると思うのですが春休みなので
一年生が入学してからの春休みっという意味不明な設定にしました。
じゃぁ一体いつ入学したんだよっという突っ込みなしでお願い致します・・・ハイ。
・長次のCPは改めて会話文が少ないと実感しました・・・(泣)
・きり丸の言っていた詩は特に意味は無いです・・・
皆様のご感想宜しければ下さい。
此処までお読み頂き誠に有難う御座いました