天気が良い授業の無い休日
夏も過ぎた秋口で、暖かく過ごし易い
太陽はまだ真上で笑っていて忍術学園の生徒達を見守っている様にも見える
歩く度に向けられる視線に苦笑しつつも目的の場所図書室へと向かった
爽秋かざぐるま
図書室前は書物の日干しで所狭しと行くてを阻む
爽秋は穏やかに気持ちよく通り抜けていく
戸板付近の緋色の風車がカラカラと音をたてて存在を表していた。
ゆったりと流れるその風は薄い書物を何度も悪戯に開かせる
慌てふためく小さな少年達を困らせるように繰り返し。
その忙しない様子にクツリと笑いつつ、直ぐ傍を通りながら
ゆっくりとした動作で開いたままの戸口に手を掛けた
「きり丸はいるかな?」
そう言って入室した男は図書室にいる一年生に声をかける
一年生は六年生に声をかけられたとあって大慌てで口を開いた
なにせ憧れの先輩
何時も図書室に現れる真面目で熱心な六年生の先輩である。
貸し出しの時に話しかけられるけれども急に声を掛けられたら誰だって驚く
それが本当に急に話しかけられたからかどうかは
驚いている本人にしか分からないのだが。
「き、きり丸先輩でしたら、おぉ奥に!!!」
心なしか上擦っている声
そこまで露骨に嫌がらなくてもいいのにっと勝手な勘違いしつつ周囲を見回す松葉色の忍び服
それはどの学年になっても【纏め役】になっている黒木庄左ヱ門だった。
真面目な彼は何時もそのままで、一年生からそっくりそのまま成長した様に
キリリとした眉を特徴とし全身に筋肉の付き、均整の取れた体格をしていた。
「その声は庄左ヱ門?」
「やぁきり丸。ちょっと頼みたい事があるのだけど」
「あぁー…見ての通り今行けないんだわ。ちょっと待ってろ」
ひょっこりと棚から顔を出したのは図書委員長のきり丸
その容姿もあってか美麗という言葉が似合っている、憧れの的の先輩。
お金の為に伸ばし続けているのか、高く上部に結わえた黒髪がさらりと宙を舞う
彼の手には結構な量の書物があった
明らかに持てる許容範囲は超しているように見える
それに少し驚きながらも庄左ヱ門はゆっくりと近寄った。
きり丸は近寄ってきたのを確認しつつもまた姿を消す
待つっという言葉とは反対に着いて来いっと背中は言っている気がした。
庄左ヱ門は奥に進みながらきり丸の後姿を発見し取りあえず眺める
眺めているだけなので先行く彼は止まらずに歩く。
そして彼はまた棚の角を曲がり端整な後姿は瞳から消えた
「手伝おうか?」
「だいじょーぶだって」
その瞬間にバサバサっと大量の書物が落ちる音がする
言ったそばから何やってるんだよっと呟きながら苦笑してしまう
焦った様子の後輩達の声が棚を挟んだ向こう側から聞こえる
その様子だと心配して大量に図書委員が来る気がした
それはまずい。この棚と棚の間は狭い。
しかも大体の後輩は、何かを遣らかすのがこういう時の相場だから来ては困る
頭の中でそう計算し庄左ヱ門は一呼吸おくと
大丈夫だよっと大声で声をかけ先へと向かった
最初に見て驚いたのはきり丸が本に埋もれている事だった
自分の記憶が正しければ彼がこんな失態を犯す事は無いに等しい
常に上を行く存在であって、故に動きも機敏で滅多に失敗をしない
だから先程の書物の音は大して気にもしていなかった
まさかきり丸だって其の位は避けているだろうと・・・
しかし実際見たものはまったく違く目を疑ってしまう
落としたっというだけでも驚いているのに。
今現在自分の眼に写っているのは紐の解けた巻子や開かれた冊子
そしてその少し間から覗く漆黒の髪だった。
何も言えない状況で一人顔を抑える
これは滅多に遭遇出来ない事態でもあって何だか見てはいけない恐怖な場面でもあった
なにせ後輩達が騒ぎ立てている精密で精巧で綿密な何処をとっても完璧な上級生のきり丸が
紙粉をあげながら大事な大量の書物を落とし、あまつさえ自分が下敷きになっている
下級学年の時ならば分かるが、今となっては本当にあり得ない事なのだ
この失態はきり丸自身は大人だからまあいいとして、一番の問題はこの惨状を見たときの後輩だ。
彼らの憧れを壊しかねない
ここで初めて庄左ヱ門は図書委員の後輩に来させなくて本当良かったと
自分の行動の正しさに溜息をついた。
「しょ・・ざえもん」
驚きすぎてそのまま暫く止まっていた庄左ヱ門は唸る様な声を聞き
慌てて救出しなければいけないと思考が動いた
見えるのは黒い綺麗な髪だけ
正確には所々白くなっているが・・・・
「きり丸!!」
上から書物を退かす。ただ普通に退かしてはいけない
忍術学園の図書室は年季が入ってるせいもあってか大事で貴重な書物が多い
図書委員長自ら運んでいたという事は余計に大事な物だとも思う
貸し出し禁止の古書類か相当古い歴史書か・・・
庄左ヱ門は何でそんな大事な書物を落とすんだっと少し泣きそうになりながら
まるで腫れ物でも扱うように上から一つ一つを退かしていった
時間が掛かるのはもはや、やむを得ない
きり丸もそれを分かっていて大人しくしているのだと思案し庄左ヱ門は手を動かした
「はは。悪い」
「ったく。何やってんのさ」
「いやぁ下に落ちてた巻子避けようとしたら体制崩しちゃって」
「きり丸ともあろう人が!?」
「俺だって完璧じゃねぇって」
「だけどさ」
「結構高いからなぁこの書物類。駄目になったら嫌だろ?」
「はぁー・・・」
少しの時間を掛けながらも徐々に見えるきり丸の身体。
それに苦笑いしつつ一つ一つを丁寧に扱う
棚の向こうで遅いと心配する図書委員の後輩に声を掛けつつ順調に。
それから数刻程できり丸救出作戦は無事に成功したのだった。
今はその書物類を更に丁寧に扱いながら年季の入った棚に戻している
本当は用事があってきた庄左ヱ門だったが、先程のあまりの衝撃事態に
その用事を一時的に忘れ、きり丸と同じような動作で片付けを手伝っていた。
暫くの沈黙
最後の一冊を手に取ると庄左ヱ門はきり丸に手渡す
それを何も言わずに受け取るときり丸は古書を大事そうに置いて息を付いた
庄左ヱ門は一連の動作を見た後、何をするわけでもなく口を開いた
「色っぽいよな」
「は?」
その前触れのない衝撃発言に今度はきり丸が驚く番だった
行き成りの言葉に驚いたのが半分、そしてもう半分が彼から出た言葉とは思えないからだ。
目の前で自分に視線を浴びせる相手は言わば真面目代表。
真面目といっても種類がある
庄左ヱ門はお堅い真面目。要するに誠実で意思と目標がはっきりしている
ついでに言うならばきり丸とは色々な所がまるで正反対
彼は筆記で優秀な生徒、きり丸はどちらかというと実技に長けている。
っとは言っても実技がまるで駄目なわけではない。
飛びぬけて何処か出てるわけでは無くオールマイティ的なものがある。
しかし彼の場合それは努力無しでは語れない
そう。先天性な訳ではない。
努力を入学当初からしているからこその成績を彼は持っている
だから当然彼の色恋沙汰なんぞ聞いた事も見た事も無い
いつだって本を片手に勉強をしているっという姿が専らの日常だからだ。
恋愛云々と語る時間なんて彼には無いと、見ている限りでは感じられる。
っというよりそんな話を聞いたら純粋故に顔を真っ赤にさせるのではないかと思っていた
そんな彼からの、【らしからぬ】言葉
きり丸は正直驚くしかない
妙に熱っぽい目で見られ尚且つ口説くような台詞を吐かれる
それは想像以上に驚く事態だった
「・・・・・どうしたんだよ」
「わからないな。きり丸の失態が思うよりも影響しちゃったのかもな」
はははっと笑う彼に何時もの冷静さは見えない
どうしたんだ・・・っと首を傾げつつきり丸は焼桐の踏み台から軋む音をたて降りた
降りた瞬間に、もうその視線は消え
どうしたにも聞く雰囲気では無くなってしまい頬をかくしかなかった
「・・・頼み事って?」
きり丸はその雰囲気に戸惑いつつ当初の会話を切り出した
庄左ヱ門はやはり忘れていて慌てて松葉色の懐から一枚
紙の切れ端を取り出してゆっくり差し出した
きり丸は何の事か分からないままそれを受け取る
見た瞬間に直ぐ分かりそのまま姿を消した
「仕事早いよなー・・」
笑いながら腕を組んでその場で待つ
入り口付近で図書委員の子達が騒いでいるのだけが聞こえた
「一冊。これないな」
「ないのか・・・」
「みたいだな」
「取り寄せてくれないか?」
「それは・・・難しいと思う」
「予算か・・・」
「会計委員に直談判しない限り無理だと思うぜ?」
「団蔵か・・・難しいよなぁ」
「俺の知り合いにあたってみるよ」
「え!?」
今日は驚いてばかりだと庄左ヱ門は思った
滅多にそんな事は言わないきり丸
何か裏があるのかと思って眉根を寄せた
本は欲しい。
けれども食えない奴であるきり丸のこの優しい一言は裏がある
六年間同じ学年をしているだけあって付き合いも無駄に長い
だから今までの経験を踏まえて慎重に返す言葉を探した
「勿論タダじゃないけどね」
探しているうちに相手からの言葉
ああやっぱりっと思ったけれど予想内だから何も言わない
むしろ目の前の相手ならば当たり前かと簡単に受け入れられた
「条件は?」
「そうだなー・・・」
腕を組んで思案するきり丸
絵になるなーなんて状況違いな事を思いつつ言葉を待つ
予想範囲内の事だったらその条件を受け入れられる
しかし彼はたまに突拍子も無い。お金が関わるといつもそうだった
被害を被るのも常に周りで最終的には学級委員である庄左ヱ門や
担任で一緒に住んでいる土井なんかにもまわってきていた
今は年齢もあってかお金が絡んでも一波乱って事は無いけれど・・・・
場を弁える事も出来るようになったし全てに興味を示さなくなった
要するに彼等三人組が厄介事に巻き込まれるというのは今現在、皆無に等しい
むしろ巻き込まれてもある程度だったら穏便に解決出来る知恵を持っている
成長とはそういう事なのだと知らず知らずに感じ取っていた
しかしそれでいて、大人になったとき狡賢さも一緒に成長したのがきり丸。
元より事情はどうあれお金に執着はしていたから無駄な知恵も蓄え変に成長してしまった
こういう駆け引きの場合、たまに無理難題を吹っかけられる可能性も今までの経験上無いとは言い切れない
余計な事を・・・っとは思いつつも成長は誰にも止められないから
庄左ヱ門はただ内容を聞くしか術はなかった
「じゃぁさ・・」
コクリと喉が鳴るのが分かる
自分は本が好きだ。だけど簡単に手に入らない
ここで学校にあるものを使わないでどうするっと庄左ヱ門は思っていた
今そのあるものを使おうとしているのに目の前の敵に打ちのめされそうになっている
ああ。頼むから俺の小さな幸せを奪うなよっと小さく心の中で思った
「庄左ヱ門が俺に筆記教える。で、どうよ」
「は?」
何回驚けば気が済むんだとっと言う位また驚いてしまう
そんな庄左ヱ門を見てきり丸はくすりと笑った
相手の反応は予想範囲内であったから。
きり丸は庄左ヱ門の言ったことに勝算が無いときのみ、何度もこういう展開で無理な条件を出している。
頭の中で計算し彼の言っている事が出来そうに無い場合に、無理難題を吹っかけ諦めて貰う
それは例え庄左ヱ門でなくとも同じ
庄左ヱ門は気づいていない様だが、それが何時ものきり丸のスタイルだった
今回は何となく勝算がある。ちょっとした知り合いに旅の商人が出来たからだ
それに頼めば今回言っていた本は手に入るだろう
だから簡単な条件をだした
元よりきり丸は友人からお金はとらないし理由が無い限り困らせたりはしない
いつからかそんな想いで需要と供給を持ちかけている
友人達と銭などの細かい事で争う事はしたくない。
それに自分が好きなのは自分で稼ぎ出した銭だ。貰える物は貰うが友人が相手だと等価交換とは思えないのだ
変な理屈ではあるが、これはきっときり丸の優しさであって、それが好かれる要因になっているのは本人でさえ知らない事だった
「それ・・だけ?」
「それだけじゃ嫌なのかよ」
「いや・・・うん。いいけどさ、きり丸成績いいじゃん」
「まぁなー」
「否定しろよ」
「庄左ヱ門程じゃぁないけどそうだろうな」
ニヤニヤとした笑みが何となく引っかかる
否定もしないきり丸の言葉に庄左ヱ門は溜息を吐くばかりだった
きり丸も一年の頃と比べるのもおかしい位に技術面でも成長した
今では誰もが憧れる存在となって、学園内の一戦で活躍している
そんな彼から教えてくれとは今更無いんじゃないのかと眉根を潜めた
「じゃぁ教えなくていいじゃないか!」
「庄左ヱ門に教えて欲しいんだよ」
「・・・・・・お前は」
「な?」
正直参ったと庄左ヱ門は思った。目の前の相手は極上の笑顔だったからだ。
その笑顔は何も後輩のみに通用するわけじゃない。
同級生にも先輩にも先生にも老若男女効果のあるものだ
どこで覚えてきたのかは分からないが完璧な笑顔がそこにはある。
しかも一番近くに居る者だけが分かるであろう
滅多に見せない意地悪い笑みではなく心底信頼してるっという笑顔
それと一緒にくらりと頭の何処かに来る台詞。
お手上げになるのは仕方がない
庄左ヱ門は遠慮っという思考の壁を自ら壊して彼の優しさに甘えることにした
「本当。敵わないよきり丸には・・・」
棚を挟んで向こう側の小さな少年達の声
昔はあんなだったなとふと思う
今も変わらぬ気持ちの良い空間
カラカラと風車の音が優しい音に聞こえた。
--あとがき--
浮世橋の小説郡に相応しくない友情話でしかも無駄に長い物を書いてみました
因みに上級生になった元一年は組連中の中で
図書室利用者ランキングをつけるならば一位と二位は庄左ヱ門と乱太郎だと思う
まぁ。他の連中はもしかしたら友人(又は好意を持つ相手)
に会いにしょっちゅう来るなんて事もあるかもね・・・・・っと妄想してみる
初めて主要メンバー+団蔵以外を書きました。
似非要素満載ですね
一応総受けなので、次にどう変わるか分かりません。彼も。
皆様のご感想宜しければ下さい。
此処までお読み頂き誠に有難う御座いました。
爽秋=心地の良い爽やかな風